*** 野鳥観察の部屋 ***

『蓮田市と周辺地域の春のムナグロ、シギ、チドリ類観察記録』 作者紹介
2019-04-25 長嶋宏之
はじめに
私が本多己秀(本名 淳)氏と初めて知りあったのは20数年前の黒浜探鳥会の時であったと記憶する。戸隠森林公園や栃木県民の森などに同行したものである。当時から本多氏の観察眼は鋭く、時に周囲の者を驚かせたこともあった。
しばらくして再会した時、本多氏は病み上がりの身体を押して、愛用の軽自動車で「蓮田市と岩槻区のエリア(以後、蓮田地区と記す)でムナグロを観察している」と熱く語った。私も数回、彼のお供をしたことがある。この観察記録は2017年9月1日に送られてきた。その1ヵ月後、本多氏は急に病が重くなり、74歳の生涯を終えた。

 本多氏の「春のムナグロの渡来状況調査報告(2003年)」に対し、本多氏宛ての書簡に私は次のことを記した。
①毎日ほぼ決まった時間に、観察を続けたことに、データーの価値があり重みを感じた。
②4月末頃と5月10日頃の2回、渡りにピークがあることが新たに分かった。
③キョウジョシギ、キアシシギはムナグロと行動を共にするが、チュウシャクシギは別行動のようだ。

 本多氏のデーターによると、2004年蓮田地区には6733羽のムナグロが飛来していた。当時、「ムナグロを見るなら蓮田地区」という言葉が野鳥の会の会員の間にあり、春のムナグロの渡りが見られなくなるとは誰も想像していなかった。しかし、本多氏は将来この地にムナグロが飛来しなくなるであろうことを見通していたようだ。蓮田地区の田圃はムナグロが渡ってきていた頃の田圃と一見何も変わっていない。だが、ムナグロの姿を蓮田地区で見なくなって久しい。今は往時の様子を偲ぶだけである。

 ムナグロが渡ってこなくなった今、その原因を考え、以前の賑わいを取り戻す対策を考える上で、この観察記録は貴重な資料の一つになると思う。かつて蓮田地区にムナグロが渡って来ていたことを示すこのデーターを資料として役立たせるため、何らかの形で、後世に残したいと私は願っていた。この度、日本野鳥の会埼玉のIT委員会のご協力により、野鳥の会のHPに載せてもらえることとなった。委員会に感謝するとともに、本多氏に対し責任が果たせたという安堵感がある