観察例の特徴
①海岸または海岸に近い処での観察例が多く、内陸での観察例は見当らない。
②観察された地域は石垣島、熊本県、神奈川県、茨城県で、主に太平洋側であった。
③観察された月は9月、11月、12月、1月、2月、4月で、越冬期間のほぼ全てであった。
④着色したオナガガモは換羽前、換羽中も含め、成鳥、幼鳥、♂、♀の全てに見られた。
⑤観察時の羽衣の様子から、夏羽へ換羽前に着色したと推定できる個体が多い。
しかし観察例は少ないが、夏羽へ換羽後ないしは換羽中に着色したと推定できる例もあった。
このことは繁殖地や渡りの途中を含む越冬地の日本で着色したことを示唆していると思われる。
考えられる着色の原因とその可能性について
対象が鳥であり、鳥の羽の主成分はタンパク質で絹と同じである。そこで絹の染色に着眼したところ、下記の項目が、着色の原因として浮かんだ。
①突然変異 ②部分赤化 ③交雑 ④食物中の色素 ⑤土壌に含まれる鉄分
⑥タンニンと金属イオン
そこで夫々について、着色の原因の可能性の有無を考えてみた。
先ず①~③。これらは赤錆色した個体数が多いこと#3。頭頂から腹部、個体に依っては尾羽まで、全身が着色している等の理由で①~③の突然変異、部分赤化、交雑の可能性はないと思われる。
④食べ物中の色素
フラミンゴのように、餌に含まれる物質によって着色する鳥がいることは知られている。しかし、赤錆色のオナガガモは海岸に近い地域で集中的に観察され、内陸で観察されていないこと。羽依の表面だけが着色していること等から、食物説の可能性は低いのではなかろうか。
⑤土壌に含まれる鉄分による着色
鉄分はイオン化して溶解している場合と顔料のように金属の鉄として土壌に含まれる場合が考えられる。
(ィ)先ず鉄分がイオン化して溶解している場合を考えてみる。
羽(タンパク質)と鉄イオン(Fe++、Fe+++)との結びつきはイオン結合によると考えられるが、羽が+に帯電していることから、その結合は生じにくいと考えられる#9。
(ロ)次に羽と金属の鉄( 顔料の様な微細な鉄分)との結合を考えてみる。
先ず思いつくのがベンガラ染めである。ベンガラ染めは酸化鉄()を焼成して粉末の顔料とし、商品化されて23色もの色が楽しめる。 商品の成分は水・酸化鉄・天然ゴムラテックスである。 アンモニウム塩を用いて下染めしたのち、ベンガラ染を行うと着色が良く色合いも美しく染まるようだ#12。ベンガラ染では、天然ゴムラテックス(接着剤)やアンモニア・鉄錯塩が重要な役割を担っている。これらがないと、ベンガラ(鉄の粉)は繊維(羽)に十分くっ付かないのではないだろうか。自然界に酸化鉄・天然ゴムラテックス、アンモニウム塩の3種が都合よく揃った場所が有るだろうか。以上の(イ)(ロ)からイオン化して溶解している鉄分や金属の鉄として存在している鉄分が直接羽と化学的に結合する(染まる)ことはないであろうと考える。
(ハ)次に思いつくのが泥染め#10である。泥染めの工程はシャリンバイから抽出したタンニン溶液
に、材料の絹を浸けては乾かす作業を20数回繰り返し、その後、酸化第2鉄()を含む泥田に1回浸ける作業を合わせて1工程としている。この工程を4回繰り返して製品にしている#11。
工程の回数が増すごとに赤錆び色から落ち着いた黒へと、洗っても色落ちしない製品に染まっていく。絹織物の泥染めにはタンニン成分が無くてはならない重要な働きをしていることがわかる。
⑥タンニンと金属イオン
泥炭湿地から流れ出る水はいわば泥炭の抽出液で、タンニン成分を多く含み赤褐色をしている#15。このタンニン成分が泥染めで重要な働きをしていることは先に述べた。ではタンニンとはどのような性質を持っているのだろうか?Wikipediaは次のように説明している。
「タンニン(tannin)は植物に由来し、タンパク質、アルカロイド#13、金属イオン等と強く反応して結合し、難溶性の塩を形成する水溶性化合物の総称であり、植物界に普遍的に存在している。#14。」(以上、Wikipediaから抜粋)
このような性質を持つタンニンが先ずタンパク質を主成分とする羽と結合し、一種の媒染剤の働きをして、次いでこれに金属イオンが結合し一種の助染剤の働きをして、発色が増すと考えられる。
まとめ:赤錆色に着色する過程の考察
オナガガモの渡りのコースは環境省事業「渡り鳥の飛来経路の解明事業」#16で公開されている。これによると調査したオナガガモは、コリマ山脈東側に5月31日に到着してから11月2日カムチャッカ半島南端に到達するまでの5か月間、カムチャッカ半島を主な生息地(繁殖地)として過ごしている。この間、泥炭湿地林から流れ出たタンニン成分を多く含んだ水辺で何羽かの♀親は営巣し、育雛し、雛は飛べるようになるまでその環境で育つことだろう。タンニン成分を含んだ湖沼を生活の場としたオナガガモは、逆立ち採餌し、水浴もすることだろう。その中には、全身の羽毛にタンニン成分が結合したオナガガモもいることだと思う。そのような環境の繁殖地で夏を過ごした換羽前のオナガガモは越冬地の日本に向けて渡りを開始。換羽前のオナガガモは越冬地に到着した当初、海辺に降りることが多いようだ。羽に着いたタンニン成分は海水中に含まれる金属イオン、例えばNa+,
Ca++, Mg++, Mn++, Ni++, Cu++, Fe++, Fe+++, Al+++ などと結合し、羽を染めていく。赤錆色したオナガガモに色の濃淡や染まった部位に変化が見られるのは、羽についたタンニン成分の量や金属イオンの種類や量、さらに塩効果等によって染色の程度が微妙に変わってくるからだと思われる。
赤錆色に染まった冬羽のオナガガモは夏羽への換羽に伴い、赤錆色の羽を落とし、普通に見られるオナガガモの羽衣になり、内陸に移動。従って内陸では赤錆色したオナガガモは観察されず、普通に見られる羽衣の色の個体が観察されると思われる。
夏羽へ換羽した後に着色したオナガガモの場合は次のように考えられる。夏羽へ換羽した秋遅くに、あるものは北海道に渡ってから、タンニン成分を含む水に浸かったのではないだろうか。換羽後の羽にタンニン成分をつけた個体は、越冬地の海岸に飛来し、前述と同じ工程で発色したものと考えられる。夏羽に換羽した後に着色した個体は、内陸に移動した後も、春の渡去まで赤錆色の羽衣が残っていると思われる。従来、見過ごしていたが、今後は内陸でも赤錆色したオナガガモが観察されるかも知れない。
最後になったが、この原稿を纏めるにあたり、多くの鳥友からご指導や情報を頂いた。紙面を借りてお礼申し上げる。
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