*** 下を向いて歩こう♪  - 私の羽日記(抄)- ***
近藤龍哉

8月3日(月曜日)
 早朝、ゴミを出しに出る。昨日の草取りの分も加わって2度往復。しゃがむという慣れない姿勢を続けたせいか腰が固まったようになり、伸ばすとまだ痛く、急いで歩けない。昨日は久しぶりに晴れの予報で、シギ・チを探しに出かけようと朝5時に起きたのだが、草ぼうぼうの庭を見て気が変わり、日が射して来ないうちにと、少し精を出しすぎた。
 その時、オナガの声が騒がしいので道路に出てみた。筋向いの家の庭木にカラスが来ていて、それを追い払おうと数羽のオナガが鳴きながら飛び回っていた。しぶといカラスも多勢に無勢で仕方なく立ち去り、やがて騒ぎは収まった。オナガの天敵はカラスだという。近頃はツミの営巣場所の近くにオナガが巣を作ることもあるそうだ。ツミにとってもカラスは厄介者なので、オナガの騒ぐ能力が好都合なのだろう。
 一昨年のちょうど今頃、庭木の剪定をしていた植木屋さんが鳥の巣を見つけて教えてくれた。枝をつめられすっかり丸坊主になったモクレンの木の枝分かれの所に大き目の巣があった。梯子を借りて覗いてみたら、外観は枝が突き出た乱暴な造りに見えて、空っぽの参座は細い棕櫚(シュロ)の繊維で緻密に美しく造られていた。どうしますかというから、もう用済みの巣だと判断し、幹ごと切り取ってもらって保存した。後で調べたらこれがオナガの巣だった。ときどき姿を見かけることはあったが、鳴き声もほとんどなくて、こんなところに巣を作っているなんて夢にも思わなかった。昨日の騒ぎをみると、我が家では子育てにまでは至らなかったようだ。
 そうか今年はあちら様に営巣していたのか、それならもしやと、外へ出たついでに、時々姿を見かける電柱のあたりを探してみた。するとしめしめ、黒っぽい羽が一枚落ちている。
長さ112ミリ、幅14ミリ、形からみて初列風切りだ。内弁は灰黒色、外弁は2ミリ前後と極めて狭いが、そこにあの特徴的な青灰色とわずかながら白色部とが確かに見て取れる。オナガの初列風切りに違いない。「図鑑 羽」で調べてみると、外弁の模様の微妙な違いからP3と判断できる。その青灰色の部分をルーペで覗いてみると、灰色の小羽枝*1を背景にして、羽枝の部分が青白色に輝いてじつに美しい。
 実は昨年も、9月19日にこの近所でP8を一枚拾っている。換羽*2が予定通り順番に進むとしたら、今後一か月半ぐらいの間に、このP3より後のどれかを拾えるかもしれないな、と思った。


  1. 羽枝と小羽枝 羽の中心に通っているのが羽軸。それから枝のように分かれて並んでいるのが羽枝、その羽枝から分かれているのが小羽枝。羽枝と小羽枝、そのどちらが光っているかは、一つのポイントだ。それで判別できる場合もある。
    隣の羽枝から出た小羽枝どうしが鉤でネット状に繋がり平面に見えるのが羽弁で、羽軸を境に翼先側を外弁、体側を内弁という。
  2. 換羽 鳥の羽は、髪の毛と異なり、根元に羽嚢(うのう)という羽を作り出す場所があり、準備ができると古い羽は押し出されるように抜け落ち、同じ場所から新しい羽が生えてくる。これが翼の羽では、通常一年に一度、子育てが終わるころに始まる。これを換羽という。カモ類など一度に換羽するものもあるが、換羽には時間がかかるので、通常は飛ぶことができるように少しずつ順番に換羽していく。初列風切りでは、内側から外側に向かって、次列では内側に向かって進む。
写真-1,2 1昨年のオナガの巣 モクレンの木の地上3メートルぐらいのところ
写真-3,4 オナガの初列風切 一部(白色の始まるところの)拡大写真 羽枝の青白色に注目
写真-5 オナガ 次列の下に黒っぽく少しだけ見えるのが初列風切り
【写真-1】 【写真-2】
【写真-3】 【写真-4】
【写真-5】
8月17日(月曜日)
 暑い埼玉を離れて、長野県にやってきた。旧中山道最大の難所といわれた和田峠の一つ手前に笠取峠という小さな峠がある。浅間の煙を背に、佐久平をずっと進んで芦田宿を過ぎると、道は登りになり赤松の美しい並木が続く(昔の話)、この登り切ったところが笠取峠で、峠の茶屋があり、一休みするとここからは急な下りとなる。街道(今は国道)を逸れてこの茶屋(実は食堂)の脇を入って尾根筋を進むと、私の馴染みの小屋がある。
 今日は、高齢の母をショートステイに出し、2か月ぶりの息抜きでもある。途中38度を表示する所も通って来たが、ここは標高約900mで、涼しいとは言えないまでも凌ぎやすい気温だ。荷物もそのままにすぐにいつもの散歩道を歩いてみる。
 舗装が切れて砂利道になり、轍の跡を残して草が生えている。歩き出してすぐ、道路の端のその草の上に、そっと置かれたように羽が一枚載っている。いま、換羽したばかりですと言わんばかりだ。取り上げてみると、黒っぽい羽に白い斑点が規則的に並んだキツツキの羽だ。
 形(ねじれるような曲線)から見て、初列風切りだが、色味からみてまちがいなくアオゲラだ。アカゲラやコゲラの初列風切りは、内弁と外弁ともに色は真っ黒で、内外どちらにも白斑が並んでいるが、アオゲラの場合は、白斑は内弁にのみで(とこれまで思っていた)、地色も真っ黒ではなく灰色にちかい。外弁内弁にそれぞれ欠刻あり。それにこの羽は、外弁の欠刻の下にほんの少しグリーンの色味が差している。おっと、よく見ると外弁欠刻の上の狭い部分にも見逃しそうな小さな三日月のような白斑が4つ並んでいた。外弁に白斑がある場合もあるのだ。後で調べたら、外弁欠刻の始まるP5だった。
 ここの尾根筋には、アカマツが多く、アカゲラなどキツツキ類をよく見かける。なかでもアオゲラは落葉広葉樹の混じるあたりに、一年を通じてよく見かける。鳴き声も大きくて(けたたましい時もある)、登場する前にそれと知らせてくれるので、姿も見やすい。キツツキ類はカミキリムシの幼虫をよく食べるので、森の番人と称えられ、キツツキ用の巣箱をかける運動さえあったくらいだ。巣箱といってももちろん繁殖用ではない。繁殖は太い樹木に穿った巣穴でするから、巣箱は冬の寒さ避けねぐら用ということだ。冬の間、ねぐら用の巣箱の代用(?)にか、この辺の小屋の板壁は、たくさんの穴をあけられる。
 わが小屋の雨戸も、何度塞いでも繰り返し穴をあけられている。中には糞も羽も落ちているから、使用していることは間違いない。つかんだ証拠によれば、犯人はアオゲラである。アオゲラの一番外側の初列風切りP10(35ミリ)と小翼羽(35ミリ)が動かぬ証拠である。これはそれぞれ別の時にその穴の内側で発見したものである。こんな小さな羽を屋外の自然の中で見つけるのは土台無理な話だから、手に入れた人はそんなに多くないはずだ(ちょっと自慢)。このねぐらにむりやり潜り込む際に抜けたのだろう。ずいぶん窮屈な思いをして気の毒にも思うが、宿賃としたら廉いものだ、まさか身ぐるみを剥いだなどと言う人はいまい。
 さて、今回はほとんど鳥影もなく声も聴けず、散歩も終わりに近づいた。うつむいて歩いていると、舗装道路に出たところで、カーブの内側の端に、泥に汚れたぐじゃぐじゃの羽を見つけた。つまんで持ち帰り、水に浸け、ピンセットで根気よくゴミを取り除いた。乾いたら、フクロウの羽らしき模様が見分けられた。肩羽よりはずっと小さい、三分の二は綿羽の羽だ。背か腰か、部位不明ながらこれも私にとっては初めての羽である。拾っておいてよかった。

写真-6 アオゲラのP5(今回拾った羽)
写真-7 グリーンの部分の拡大写真 羽枝の色がグリーンなのがわかる
写真-8 以前拾ったアオゲラの小翼羽*3(上)と痕跡羽*4 P10(下)
写真-9,10 雨戸の穴は外からと内側から 塞ぎようのないところへステンレスたわし
写真-11 フクロウの腰羽らしき羽


 3. 初列風切りの前縁にあって、失速の防止や飛翔の安定に寄与する小さな羽
 4. 今では機能していない、退化したとみられる羽
【写真-6】 【写真-7】
【写真-8】 【写真-9】
【写真-10】 【写真-11】

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