*** 下を向いて歩こう♪  - 私の羽日記(抄)- ***
近藤龍哉

8月24日(月曜日)
 朝の散歩に出る。電柱下の縁石の上にオナガの尾羽が一枚落ちている。こんな人目につくところで、よく残っていたな。特徴のある青灰色の細い帯のような羽だ。その先端部はひどくすり減ってスケスケになってはいるものの、確かに2センチほど白色部になっているので中央尾羽T1に間違いない。この白色部があるのは、尾羽全12枚のうち中央の2枚だけ。ただし幼鳥の尾羽は、すべての先端に白い縁がある。白色の部分は、色の濃い部分(メラニン色素がある)と比べて強度が低いとみえる。先端は一番傷みやすいところなのに、なぜよりによって白なのだろう。強度よりも目立つことを選ぶということか。
 オナガというくらいだから、尾羽は長く、中央尾羽は特に長い。全長約37㎝としておそらく半分以上を尾羽が占める。測ってみると長さ225ミリ、幅18ミリだった。前にMさんやIさんから頂いたT1と比べると、すこし貧弱な感じがする。『野鳥の羽根 ハンドブック』*1の測定表にはT1が220ミリと表示されているが、これは計測した個体(U-J:性別不明、幼鳥とある)の実測値というから、拾った羽も幼鳥のものか。尾羽は外側になるほど短くなり、最外側T6になると99ミリ、T1の半部以下だ。尾羽の換羽は、T1からはじまり、T6へと進んでいく。

追記
 8月26日、家の近くでもう一枚T1を拾った。同じように白色部が傷んでいる。
 9月14日、家から1キロの公園で尾羽を拾った。外側尾羽だ。


1 高田勝・叶内拓哉 『野鳥の羽 ハンドブック』 文一総合出版。『原寸大写真図鑑 羽』をもとに、野外で目に付く77種を厳選したハンドブック。写真は実物大ではないが、携帯に便利なうえに、各部位ごとの測定表が付いていて判断の目安にすることができる。但し、測定値は使用した標本のもので、平均値ではないとのこと、あくまで参考値である。以後、『ハンドブック』と略。

 尾羽を並べてみる。上から
 (1) 今回拾った擦り切れた幼羽のT1(225ミリ)
 (2) 8月26日に拾った幼羽のT1
 (3) Mさんからもらった成鳥のT1(237ミリ)
 (4) Iさんからもらった成鳥のT1(208ミリ)
 (5) Yさんからもらった先端に白い縁のある幼羽の外側尾羽(160ミリ)
 (6) 9月14日に拾った、成鳥の外側尾羽(180ミリ)
8月25日(火曜日)朝
 昨日のことがあるので、朝の散歩がてらオナガの羽を目当てに近所を一回りしてみる。栗畑の近くで、ようやく小さな羽を一枚拾う。鵜の目鷹の目で探した結果だ。長さ42ミリ、幅10ミリ、小さいがあのオナガ独特の色だ。細い羽柄(羽軸の根元)がかすかに逆「く」の字になっているので初列雨覆い*2だ。白い羽縁があるので幼羽だろう。
 『ハンドブック』には、さすがに雨覆いまでは載っていない。そこで『図鑑 羽』(増補改訂版)を見てみると、ありがたいことに初列雨覆いも載っていて(旧版にはなし)、その写真には白い羽縁はない。尾羽にはすべて白い羽縁が残っている。写真の個体の表示は、U-Jではなく、より詳しくU-1Wとある。性別不明、第1回冬羽という意味である。
 このページの解説の欄をみると、「幼鳥(幼羽から第2回冬羽になるまで)」としてある。生まれた年の秋に第1回目の換羽をするが、このとき一斉に換羽して成鳥とほぼ同じような羽になるのはメジロやスズメなどごく少数に過ぎず、多くの鳥では第1回目では風切り、初列雨覆い、尾羽などは換羽せず幼羽のまま。これを第1回冬羽という。換羽しなかった羽は翌年の春に換羽するが、それでもすべて成鳥羽にならないものを第1回夏羽(1S)という。だからこの写真は第1回夏羽というべきかもしれない。いずれにしろ翌年の秋の換羽では、尾羽も含め幼羽がすべてなくなり成鳥となる。
 オナガはやや大形の鳥だから、完全に成鳥(繁殖できる)になるまでには時間がかかるということか。ともかく、雨覆いの方が尾羽より早く換羽するということと、尾羽が成鳥の羽になるのに1年半ぐらいかかることがわかった。幼羽の弱々しい尾羽が一年半も使われるのでは、先端がひどく傷んでしまうのも無理はない。
 さらに赤勘兵衛『鳥の形態図鑑』*3にも当たってみたが、残念ながらオナガの項目がない。こんな時は『BIRDER』記事の切り抜き(自家製)に頼るしかない。捜すと、同じ赤氏の「バードトラッキング#142」(2006)にオナガがあった。描いていたのに『形態図鑑』には採られなかったのだ。尾羽すべてに白い縁があるものの、成鳥(若い個体)として扱っている。初列雨覆いはすでに換羽が済んでいるが、大雨覆い*4には幼羽が三枚だけ残っている。初列雨覆いの換羽の方が大雨覆いより早いことがわかる。つまり、自分が初列雨覆いの幼羽を拾ったということは、それを落とした鳥はちょうどここに描かれているような若い個体になっているということだ。
 赤氏は、「成鳥の事故死は珍しく、今日まで描く機会がなかった」と記しているが、その描いている個体も、『図鑑 羽』の写真の個体も、同じく若い個体で、その不慮の事故(死)の結果を、私たちの知識の糧としているということに気がついて神妙な気持ちにさせられた。でも逆に考えれば、自然に換羽した羽を拾うことには二重の喜びがあるということだ。


2 初列雨覆いは、初列風切りの根元をカバーする小さい細長い形の羽。初列の羽軸にぴったりついて生えている。翼を畳んでいるときには見えない。
3 赤勘兵衛『鳥の形態図鑑』偕成社 鳥の各部分に焦点をあて、そのつくりや形を細密画で克明に描いた図鑑。モデルは、事故に遭うなどして保護された鳥。絵が素晴らしい上に、読んでも深く心を打たれる。私の一番のお気に入りの図鑑。以後、『形態図鑑』と略。赤氏は長く『BIRDER』誌上で「バードトラッキング」を連載、その中から選りすぐり、2008年に『形態図鑑』を出版した。人気があり、今も増刷が続くほか中国で翻訳出版もされている。
4 大雨覆いは次列風切りの生え際のカバーで、その上に中雨覆い、さらにその上に小雨覆いと重なっている。翼を畳んだ時にも見える。

追記(どう理解すればよいのでしょう?)
『BIRDER』誌2009年掲載の「野鳥図譜」(佐野裕彦 画・文)にもオナガの図があり、成鳥のほかに「第一回夏羽」の個体が描かれている。初列雨覆いにもう幼羽はないが、大雨覆いはまだほぼすべて幼羽が残っているように見える。ここまでは、私の知るところと一致している。
 問題は、その尾羽で、「右最外羽一枚のみ晩秋に換羽している」と、わざわざ注記されている。これが事実とすれば、第一回冬羽で換羽しないはずの尾羽が、晩秋には換羽していることになり、その上中央尾羽より早く最外羽が換羽したということになる。これはこれまでの通説と異なる。いったいどのような場合にこういう現象が起きるのか知りたいところである。定期的に行われる換羽のほかに、失われたり折れたりした羽を落とす「修復」の換羽があることが知られているが、尾羽において最初の換羽が始まっていない幼羽の段階で、そのような臨時ともいうべき換羽が先行して行われるのだろうか。
 もう一つ、換羽中(成長中)とみられる中央尾羽が描かれていて、まだ大分短い(ほぼT4と同じ長さ)のだが、その先端に白色部がない(「この個体の中央尾羽は短い」とのみコメントされている)。この先端に白色部のない中央尾羽が伸びて完成するとどうなるのであろうか。『BIRDER』2004年掲載の「鳥の羽毛」(平岡孝)で、「筆毛(ふでげ)」を説明して、「羽毛は成長の途中でも先端は完成している」と書いておられる。その意味は、植物の芽の先端が成長していくのとは異なり、筆(羽鞘)の中で成長し、成長して鞘から出た部分はそれで完成している、という意味だろう。するとこのまま白色部のない中央尾羽となるように思われるが、そのようなオナガがいるのだろうか。擦り切れて白い部分がなくなるのはわかるが、その逆は私には想像がつかない。

写真 オナガの初列雨覆(幼羽)

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