***探鳥旅行記 エトロフの休日 ***

なごりを探しに
~埼玉大学野鳥研究会OBの道東探鳥旅行・風露荘再訪記 第3回~
文・写真:小林みどり
<ようやく旅が始まった>
 2018年3月10日 朝。 先発隊との合流点は「川湯エコミュージアムセンター」(弟子屈町)に決まった。しかしJRも遠距離バスも、相変わらず動いていない。タクシーなら行けるが、料金は2万円以上だという。背に腹は代えられない。網走駅からタクシーに乗る。

 車窓からオオワシが見えた。ああ、やっと北海道らしい鳥に会えた。そういえば昨日は、鳥を見ようとは一度も思わなかった。それぐらい余裕がなかった。

 一時間ちょっとで、目的地に到着。料金は18,000円、一人9,000円。思ったよりも安かった。乗る予定だった知床クルーズ代と大して変わらない。トラブルには見舞われたが、経済的なダメージは少なくて済んだ。

 さて、この川湯であるが、ミュージアムセンターのホームページには、なかなかすごい鳥たちがリストアップされている。エゾライチョウ、コアカゲラ、ヤマゲラ、2色のレンジャク、ベニヒワなどなど。しかし、この時は鳥影もない。静まり返った雪の林をさまよい、なんとも心細い気持ちでみんなの到着を待つ。林の向こうに「わ」ナンバーの車が見えたときは、無人島の漂流者が沖に船を見つけた時の気分。
 ようやく先発隊と合流。彼らも昨日は無事ではなかった。釧路から知床を目指したものの、カーラジオには次から次に、道路の閉鎖情報。あっちもダメ、こっちもダメ。走行中の道路でさえも、大量の水が流れ込み「運転しているというか、水上スキーをやっている感じ」 だったという。よくまあ、ご無事で。飛行機でブラキストン線を行ったり来たりなんて、トラブルのうちに入らない。

 全員揃ったところで、近くの硫黄山へ。川湯温泉の源として有名な観光地であるが、探鳥地としては聞いたことがない。しかし、ここでエゾライチョウを見たことがあるという人がいる。

 …「〇〇を見たことがある」という場所で、まさに〇〇を見られた、という例は、私の探鳥経験では、ほとんどない。この時もそうだった。エゾライチョウどころかカラスの声ひとつ、しなかった。
左: 硫黄山。噴煙が足元から噴き出す大迫力。右:その名の通り、あちこちに硫黄が固まってこびりついている。風向きのせいか、硫黄のニオイがあまり気にならなかった。

 それでも、ここでは「火山」そのものが楽しめた。何しろ足元から噴煙が上がり、ボコボコと湯が沸き出ているのである。適温かどうか目視で判断して「指湯」をしたり、温泉蒸し卵を賞味したり…
左:“指湯”を楽しむK子。温度の見極めが大切。間違えると火傷する。上:温泉蒸し卵のむき方は普通のゆで卵にも使えるか? 気になるが、いまだに試していない。 

 こうしてワイワイ過ごしていると、このメンバーで旅行をするのは40年ぶり、というのが不思議に感じる。とても、そんなふうには思えない。以前、悪友Nが「野鳥研の仲間は、“いとこ”みたいなものだな」と言っていたが、確かにそうかもしれない。若い頃に、長い時間と多くの経験を共有すると、こういう仲間になれるのだろう。

 続いて、同じ弟子屈町内にある宿「鱒や」へ立ち寄る。コーヒーを頂きながら情報収集。ここは名前で分かるように、釣り好きがよく利用する宿のようだが、野鳥や野生動物目当てのお客も多く、ガイドもしてくれるという。家の中にモモンガもいるそうだ。庭の餌台にはアカゲラやウソに加え、ミヤマカケス、ハシブトガラ、シロハラゴジュウカラが、とっかえひっかえ現われる。ようやく北海道の探鳥らしくなってきた。

「鱒や」さんで教えてもらった「村の小さなそば屋 たまゆら」で昼食。
そばは「十割」と「二八」が選べる。 

<ツルの越冬地に関する考察 もしくは妄想>
 午後一番に訪れたのは「鶴居・伊藤サンクチュアリ」。ご存知タンチョウの越冬地で、多い時は約400羽が集まるそうだ。この日は越冬期終盤ということもあり、約50羽ほど。広い雪原のあちこちに散らばったタンチョウたちは、歩く姿も、何かをついばむ姿も、優雅である。時には2羽が鳴き交わして求愛ダンスを始める。その姿も優雅。とにかく優雅、の一言に尽きる。
右のツルなんか、もう、鹿鳴館の貴婦人みたいなお辞儀してるし…

写真:小原伸一氏

ここで優雅なタンチョウを見るたびに思い出すのが、鹿児島県出水市のマナヅル・ナベヅル越冬地。ツル繋がりで思い出すのではなく、あまりにも両極端なので、つい思い浮かべてしまう。

 出水のツル観察の醍醐味は、「ごちゃまんといる中から、ごく少数を探し出す」ことであろう。、定番のマナヅル、ナベヅルのほかに、ほとんど毎年と言っていいほど、クロヅル、カナダヅル、アネハヅルなど、何かしら“違うの”が、ごく少数混じっている。これを探し出すのが大きな楽しみである。

 さらに私は、もう一つの楽しみがある。「ツルのケンカ見物」である。見ていると、あちこちで小競り合いが勃発している。突く!ひっぱたく!蹴る! 嘴も趾も、長くて鋭い。翼も、でかい。だから迫力がすごい。聞こえてはこないが、声や音も凄いだろう。格闘技観戦のノリでついつい、見惚れてしまう。

 しかし何で、こんなにケンカが多いのか?理由の一つは「ストレス」ではないだろうか。あそこは、ツル密度が高すぎるのである。食べものを隣りの奴に取られてしまった。すれ違いざまに翼がぶつかった、脚が絡まった。もう争いごとの種だらけ。何しろ地球上のマナヅルの半数、ナベヅルに至っては9割が、あの地に集中しているというのだ。

 それに比べると、こちらは、なんとまあ平和で余裕に満ちていることか。ケンカしているのを見たことがない。求愛ダンスをするぐらいなので、当然、パートナーを巡って争いがあるだろうが、私はこれまでに見たことがない。すれ違うたびに「まあ奥様、ごきげんよう」「暖かくなりまして、よござんすわねぇ」なんて会話しているんじゃないか? ここは、ツルの富裕層専用の高級リゾート地か?

 鳥たちの間でも、食べ物や繁殖地.、越冬地に関して、色々な情報が飛び交っているに違いない。だとしたら、出水で越冬するツルたちの中にも「はるか北の彼方に、まるで天国のような越冬地があるらしい」という、ほとんど伝説化した情報が伝わっているかもしれない。ストレスフルな日々に嫌気がさした一羽が、北の彼方にあるという理想郷を目指して、旅に出ることもあるかもしれない…

 そういう理由で来たのかどうかはわからないが、サンクチュアリにクロヅルが一羽来ているという。クロヅルは出水でしか見たことがない。ここなら簡単に見つけ出せそうだ。しかし見つからなかった。既に移動したのだろう。苦労して来たものの、「あら奥様、おほほほほ」的な雰囲気が、肌に合わなかったのかもしれない。


<でっかい道>
 伊藤サンクチュアリ近くではエゾフクロウも探した。先発隊がエゾフクロウの情報を入手していた。サンクチュアリを出た後、「交差点を曲がる→ちょっと行くと農場がある→農場の裏を進む」と、説明付きの地図まであった。

 さて、サンクチュアリを出て、地図の通りに交差点を曲がって…ちょっと行ったら、確かに農場があった。車を降りて農場の裏に出て、地図に書かれた道を探すが、なんか変である。とてもフクロウがいるような場所ではない。農場の人に聞いてみようとチャイムを鳴らしたが、誰も出てこない。

 車をさらに進めてみる。かなり行ったところに、また農場がある。「ここかな?」「いや、こんなに遠いか?」「ちょっと行ったら、なんてレベルじゃないぞ」…また戻って農場を探すが、先ほどの農場しか見つからない。困り果てているところに「同業者」が来た。欧米人のバードウォッチャー、日本語OK。この辺に詳しいらしく、エゾフクロウを探していると言ったら、すぐに教えてくれた。

 正解は「かなり行ったところの農場」であった。要するに、あの情報の“ちょっと”は、我々の“かなり”だったのである。地元の人と我々では、「距離感」に大きな差があったのだ。
 「でっかいどぉ。北海道(*)」とは、よくぞ言ったものだ。
*:1977年、全日空のキャンペーンのキャッチコピー。作者はコピーライターの眞木準氏。

ようやく会えたエゾフクロウ。色白が特徴。

写真:小原伸一氏

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