「モニタリングサイト1000」越冬分布調査(2019~2020)に参加して |
さいたま市 大井 智弘
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はじめに
私が野鳥の世界に入ったきっかけは、日本野鳥の会埼玉主催の探鳥会に参加したことだった。その時、フィールドスコープで見た鮮やかなコバルト色の背中とオレンジ色の腹のカワセミにビックリしたことは忘れられない。バードウォッチングと言ったら軽井沢や日光へわざわざ行って野鳥を観察するものと思い込んでいた私にとって、近所の見沼田んぼでカワセミが見られる、スズメ以外の鳥もたくさんいると知ったことは衝撃的な出会いであった。
こうして始まった私のバードウォッチング歴だが、仕事の関係から地球環境問題や環境教育に関心があったことから、人間が活動することによる生態系の破壊、自然環境と野鳥保護の問題は常に頭の片隅にあった。四季を通じて自然の中での野鳥観察で、野鳥がきれいだ、かわいいと感じられるようになっただけではなく、野鳥と人間が共存できる自然を守るためにどのようにしたらよいか考える機会を得ることができた。そして、2019年の秋に日本野鳥の会埼玉から「モニタリングサイト1000」陸生鳥類調査の担当にしていただき、実際に調査にかかわったことでさらに野鳥保護のためには長期にわたるデータ集積の重要性を再認識するに至った。
今回は「モニタリングサイト1000」調査の簡単な報告と2015年国連サミットで採択された「SDGs(Sustainable Development
Goals:持続可能な開発目標)」の関連について考察したいと思う。 |
1 野鳥たちの今
最初に次の問題を考えてみてもらいたい。
(問題) 次のランキング表は何を表しているでしょうか? 下の選択肢から1つ選んでください。
1位 ゴイサギ
2位 カワラバト(ドバト)
3位 スズメ
4位 イワツバメ
5位 ムクドリ
6位 ツバメ
7位 トビ
8位 ホオジロ
9位 ハシボソガラス
【選択肢】
(1)オオタカに捕食されている種の順位
(2)都市鳥として増加している種の順位
(3)普通種で減少している種の順位
答えは(3)。このランキングは2016年から始まった環境省の全国鳥類繁殖分布調査の中間報告で1990年代の調査記録と比較されたものである。3位のスズメ、6位のツバメあたりで答えがわかった方が多いかもしれないが、以外にもムクドリ、ハシボソガラスがランクインしているとは思はなかった。ランキング表からもわかるように身近な鳥の減少が大きな問題となっている。
私もこの繁殖分布調査で、さいたま市・川口市の芝川第一調節池周辺を調査したが1990年代に出現していたカッコウやホトトギスをまったく確認することができなかった。この地域(民家園周辺定例探鳥会)の25年間にわたっての変化については『しらこばと』2020年4月号に伊藤芳晴氏が詳しくまとめているので参照願いたい。
2 モニタリングサイト1000(森林・草原) 陸生鳥類調査とは
日本野鳥の会公式HPには次のようにまとめられている。下記(1)(2)はその抜粋。
(1) 事業概要・目的
モニタリングサイト1000(正式名称:重要生態系監視地域モニタリング推進事業)は、2003年度から始まった環境省の事業です。本事業では、日本の様々なタイプの生態系について、全国で合計1000か所程度のモニタリングサイトで、長期間観測することを計画しています。そして、その結果から生態系の変化を把握し、生物多様性保全のための施策に活かすことを目指しています。
当会では多くの会員の方にご協力いただいて、森林・草原 一般サイトの調査と取りまとめを担当しています。
(2) サイト位置図
森林・草原一般サイトは、全国に約420サイト(森林約340サイト、草原約80サイト)あります。特に森林は、日本国土の約7割を占める代表的な生態系として、モニタリングサイト1000の中でも重要な位置づけにあると言えます。
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(3)秋ヶ瀬公園(ピクニックの森)
私がモニタリングサイト1000で担当した場所は、秋ヶ瀬公園(ピクニックの森)でした。調査は、調査地内にあらかじめ設定された5ヵ所の定点でその周辺にいる鳥を記録するスポットセンサスで行った。具体的には各定点で10分間の調査をした。作業は2分間ごとに確認した種、記録方法(囀り、目視など)、個体数を記録し、この方法で一日に2回の調査を行った。ねらいは珍しい鳥を探すのではなく、あくまでもその時間内で見られた野鳥を記録することで、出現した鳥類は次のとおりであった。
第1回【2019年12月27日】8:30~11:00 晴 |
シメ、シジュウカラ、メジロ、ヒヨドリ、コゲラ、エナガ、オナガ、ムクドリ、ツグミ、
カワセミ、アオジ、ホオジロ、カシラダカ、ウグイス、ガビチョウ、シロハラ、ハシブトガラス、ハシボソガラス、モズ、トビ、オオタカ、カワラヒワ、アカゲラ(23種) |
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10月12日の台風の影響で甚大な被害を受けた秋ヶ瀬公園の復旧作業が進んでおらず、足場はぬかるんだままの状態であった。公園内には一人も人が見られず気味の悪いほど静かな中での調査であった。全体的に個体数が少ない状態であった。
第2回【2020年1月16日】8:30~11:00 晴 |
シメ、ハクセキレイ、コゲラ、ツグミ、シジュウカラ、アオジ、カワラヒワ、キジバト、モズ、メジロ、ウグイス、ガビチョウ、ハシブトガラス、アオサギ、ヒヨドリ、ムクドリ、ハイタカ、ジョウビタキ、シロハラ、エナガ、カワセミ、アカゲラ、コガモ、ハシビロガモ、ホシハジロ(25種) |
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前回と比べてカモ類が見られ種数は増加したが全体的に鳥の個体数は少ない。人間が入っていない公園なのでもっと鳥たちで賑やかかと思えたが期待は裏切られた。豪雨による土砂やヘドロが入り込み、水質・土壌汚染等があるのかもしれない。 |
(4)長期間にわたる調査の必要性
探鳥会に参加すると、「今年は冬鳥が少ない、暖かいからですかね?」「もうヒバリが囀っていた」「ウグイスがいなくなってガビチョウが増えた」といった会話が聞かれるが、何年間も同じ場所で探鳥をしていると何となく感じられることである。しかし、渡り鳥の多い少ないは気候、環境の変化、山間部での餌となる木の実など複雑に絡み合っている場合が多い。野鳥保護の観点でいま私達に求められている事は、地域での変化に気づく長期間の調査の積み重ねであると思われる。鳥が少ない、少ないと言っているうちにいなくなってしまい絶滅危惧種入りなんて怖い話はもう聞きたくない。なぜ鳥が少なくなっているのかという疑問から草木や昆虫類も含めた生物多様性の問題も見逃せないと思う。少しの変化に早く気づけば絶滅への道も防ぐことができるはずである。
日本野鳥の会埼玉では、毎年春と秋に行われているシギ・チドリ調査、正月明けのカモ類カウント調査等が長期にわたって行われている。また、探鳥会での観察記録は貴重なデータである。
『しらこばと』2020年3月号には、調査部による「みんなの手で県内野鳥分布調査を(第3回)」の協力依頼が載せられているので一人でも多くの方々の参加を期待したいと思う。そして、データを集めた日本野鳥の会埼玉による野鳥保護へのアクションプランの作成が必要なのは言うまでも無いことだ。 |
3 グローバルな視点からの野鳥保護
野鳥と人間が共存できる環境を作り残していくために、私たちのできることは何なのでしょうか。地球温暖化対策、開発問題、環境破壊等で切り口は多々考えられるが、グローバルな視点で考え、一人ひとりの身の回りでの行動にどう結びつけていくのかを考えてみたいと思う。
(1)SDGs(エズ・ディー・ジーズ)ってなんだろう?
「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」という言葉が昨今メディアを通じてよく聞かれるようになり、官公庁、企業、教育現場、NPOでもこの目標に基づいたアクションプランが作られている。これは2015年国連サミットにより採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標である。
SDGsでは下の図のように地球をとりまく課題を17に分類した国際的社会共通の指標を示し、2030年までの解決を目標としている。そしてより具体的にしたものが「169のターゲット」として示されている。
くわしくは日本野鳥の会埼玉HPに掲載されている「鳥獣保護員・エトロフ小林の『落書き帳』第17回 ターニングポイント」を参考にしていただきたい。
http://www.wbsj-saitama.org/hogo/chojyu-hogo/rakugakicho17.html |
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(2)SDGsの目標と野鳥保護の視点
上記の17の指標の中で野鳥保護活動はどこに当てはまるかと考えると、No14「海の豊かさをまもろう」とNo15「陸の豊かさも守ろう」に該当するだろう。またNo13「気候変動に具体的な対策を」も当てはまる。では私たちは実際にどのような行動によって課題を解決していったらいいのだろうか。そのヒントを得るためにここでちょっと野鳥観察の楽しみ方の原点を考えてみたい。楽しみ方は自由で人それぞれであるが、思いつくものを少し分類してみると、
① 鳥の名前なんてわからなくても自然の中でその姿や鳴き声を楽しむ
② 図鑑に載っているすべての鳥を見ようとして楽しむ
③ 鳥の写真をきれいに撮ることを楽しむ
④ 珍しい鳥(いわゆる珍鳥・迷鳥)を見るためならどこへでも駆けつけて楽しむ
⑤ 鳥の個体数をカウントして楽しむ
⑥ 野鳥分布データを集めて楽しむ
⑦ 鳥の鳴き声(さえずり・地鳴き)を録音して楽しむ
⑧ 写真、動画をSNSやブログで発表して楽しむ
⑨ スズメだけカラスだけといった一種類にこだわって楽しむ
⑩ 船中泊とんぼ返り船上バードウォッチングを楽しむ
⑪ 探鳥会が大好きで鳥友との交流、二次観察会を楽しむ
⑫ 旅行をしてもいつも鳥探しをメインにして楽しむ
⑬ 野鳥の羽を集めて研究して楽しむ
⑭ 自宅のお庭にバードパス、餌台を設置して楽しむ
⑮ その他
皆さんは①~⑮の中でいくつ当てはまりますか? 私も上の①②⑥⑦⑫の楽しみ方が野鳥観察の動機となっている。そして、バードウォッチングによって鳥のことを知れば知るほど鳥に魅了され、鳥の住む環境を守らなければという考えが身についている自分に気づくことになる。
例えば、営巣している野鳥を見つけると写真を撮ろうと近くに行ってしまう、探鳥会では鳥に圧力をかけているのに大人数で双眼鏡を使って覗いてしまう。こうした行動を少しやめてみることも野鳥保護に通じる。また他の視点から環境保護に感心があればそこから切り口が見えてくる。No14「海の豊かさを守ろう」ではプラスチックの無駄な浪費を避けることでマイクロプラスチックの流出を防ぐことができる可能性もある。No15「陸の豊かさも守ろう」でも里山の再生や冬鳥の餌場ともなる「ふゆみずたんぼ」などの活動に加わることも事でも貢献できる。さらに鳥の行動学的なデータをお持ちの方は調査結果を蓄積して調査部の県内野鳥分布調査に協力する。個体数のカウント、分布調査、珍鳥の記録、野鳥の羽収集は学問への貢献でもある。
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最近イソヒヨドリの内陸進出が話題になっている。しかし、ただ観察しただけで終わってしまってはもったいない、その理由やメカニズムを探求してみることで見えてくるものがある。仮説を立てて検証してはじめて科学になる。そのためには長期に渡ってのデータが必要である。また、ウグイスの減少は笹藪がシカによって荒らされて生息場所が縮小したことが原因だという。そしてウグイスが笹藪にいなくなったことでホトトギスの減少にも繋がっているらしい。こうした理由は何なのかを考えるのもまた楽しいことだと思う。野鳥観察の動機が自由でそれぞれであるように、野鳥保護活動もそれぞれができることを積み重ねることが大切である。 |
終わりに
身近な鳥たちの減少といった問題ばかりを取り上げてきたが、次のようなデータも紹介してみたい。直近のモニタリングサイト1000繁殖期調査で、夏鳥として私たちを楽しませてくれるキビタキが増加傾向にあるとのことである。また、全国鳥類繁殖分布調査でもキビタキ、センダイムシクイ、ヤマガラが増加しているとの報告があった。また、モニタリングサイト1000越冬分布調査からはミソサザイが北海道東部でも越冬するようになったとの報告がある。こうした調査結果は多くのデータがあってわかることで、温暖化や冬の積雪の変化による環境への影響が鳥の分布の変化をもたらしていることが明白となった。
いま大切なことは、グローバルな視点から野鳥保護といった大きな問題を考え、まずは身近な鳥とのかかわりを大切にしていくことである。慣れ親しんだマイフィールドでの探鳥記録を積み重ねることで見えてくるものがある。通勤途中の駅でツバメの営巣を観察できる方もいるはずである。人と野鳥との共存を常に頭の片隅に置きながら。野鳥観察に少しでも科学的な視点をいれていけばさらに楽しくなると考えている。
参考資料
『野鳥を友に』 高野伸二 著 朝日文庫 1989年
『今日からはじめるバードウォッチング』 (財)日本野鳥の会 編 日本野鳥の会1993年
『基本がわかる野鳥eco図鑑』 安西英明 著 谷口高司 イラスト 東洋館出版社 2008年
『鳥との共存をめざして』 (財)日本鳥類保護連盟 監修 中央法規 2011年
『目からウロコの自然観察』 唐沢孝一 著 中公新書 2018年
『未来を変える目標―SDGsアイデアブック』Think The Earth編著 2018年
『日本の自然に何がおきている?』 モニタリングサイト1000調査報告 環境省 2019年
『日本野鳥の会機関誌 野鳥2019年12月号』海洋プラスチック問題と私たちができること
『モニタリングサイト1000 陸生鳥類調査 情報』 2020年1月号 Vol.11 No2
おすすめ公式HP
公益財団法人 日本野鳥の会 https://www.wbsj.org/
環境省 自然環境局 生物多様性センター http://www.biodic.go.jp/moni1000/
特定非営利活動法人 バードリサーチ http://www.bird-research.jp/
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